●ブラシの平野
 刷毛屋という業種が存在する。靖国通り沿いの職場の近くにもあるのだが、はたして成り立っているのだろうか。英国のKENTブラシ(LINK)(LINK-J)やDenman(LINK)のように、超有名ブラシ屋さんならともかく、間口2間ほどの薄暗い店なのだ。しかも、ボクでさえ入ったことがない、ちょっとした敷居の高さがある。

 さて、我が家にも多くの刷毛(というよりブラシ)がある。歯ブラシ、洋服ブラシ、ヘアブラシ、ボディブラシ、靴ブラシ、タワシあたりは結構一般的だろうが、染み抜きブラシ、硯洗いなんてのは結構珍しい。
 別にブラシフェチではないのだが、先日、とあるところで、ブラシばかり3万円も買ったとなると、少々変わってるか?と思われるのも仕方ないことだろう。
 ざっと挙げてみようか。ボディブラシ、ヘアブラシ、フェイスブラシ(顔を洗うヤツ)、パウダーブラシ(メイクアップ用)、シャドウブラシ、リップブラシ、歯ブラシ、硯洗い、ヘアーブラシ用ブラシ……てな感じだっただろうか。基本的には天然素材で、手植えが基本の、素晴らしいブラシたちである。バーコードなんかついていないので、一般的な流通に乗ることも少ないだろう。そして、その製造元が「平野刷毛製作所」(LINK)なのだ。

 百貨店ではいろいろな催事があり、地元の伊勢丹(LINK)での催事も、面白がってよく行く。普通、怪しいものも少なくなく、買って後悔しそうなものばかりなので、見るだけでほとんど買わない。しかし、このときばかりは買ってしまった。たしか「伝統の職人芸」とやらの催事だったと思う。催事場の正面に陣取った畳敷きのブースに、所狭しとブラシが並べられている。手植えの高級服ブラシがメインだったが、「ちょっとこれ、使ってみて」と差し出されたヘアブラシにまず、参った。髪の毛を豊かに梳かし、地肌に心地よい刺激を与える。質のいい猪毛を黒檀のベースに植え込んだそのブラシ、いままで経験したことのないような素晴らしい使い心地だった。9,000円もしたが、妻はもう買うことを決めてしまい、ボクもそれに反対することはなかった。
 そして、へたりかけていたボディブラシの替わりを探していたので、ここで馬毛のボディブラシが目に留まったのも無理はない。隣にある柔らかい馬毛が手植えされたフェイスブラシにも手が伸び、説明を受けているうちに妻が栗鼠毛のパウダーブラシ(8,000円)を手に取ったときにはどうしようかと思った。そんなこんなで、3万円を超えた。売り手の思うつぼだ(笑)。こんないい客はいないだろう。
 これで使い勝手が悪かったらここには登場していない。むしろ、絶賛に値するのだ。

 ヘアブラシの気持ちよさは思った以上だ。いままで頭皮の不調子に参っていたボクだったが、ほぼ同時に使い始めた椿油、柘植の櫛とともに、「今までの苦労は何だったの?」状態を作り上げてくれた。嬉しい。
 ボディブラシは、思ったより固かった。いままでのものが柔かったせいもあるのだろうが、それにしても固くないか、と思ったのも束の間。気持ちがいい。よごれ落ちがいい。妻がワイシャツの汚れが少なくなった、と喜んだのだから間違いないだろう。もう、柔いブラシには戻れそうもない。
 妻の化粧が上達したのも、パウダーブラシ、シャドウブラシやリップブラシのおかげなのは気のせいではないようだ。いままで使っていたものと比べれば一目瞭然。適当に切りそろえられたこれまでのものに比べて、自然の毛先を活かした平野のものの素晴らしいタッチは比べるべくもない。シュウ・ウエムラやゲランなら2倍はするだろう、というのも頷ける。
 そして、最近歯ブラシを使い始めた。馬毛のブラシだ。ナイロンのアタリの悪さはなく、いかにもマッサージに向く。天然毛のすばらしさを実感する瞬間だ。
 服のブラシは今回入手しなかった。KENTのものがあるからだ。もちろんKENTも伝統あるメーカーですばらしいものを作るが、あくまで洋服に限定される。普通の日本人も洋服を着ているので何も困ることはないのだが、和服や毛皮のブラシが要りようになったら、催事の巡回を待ち望むことになるだろう。

 平野は名前の通り、刷毛製作から出発している。刷毛を侮ってはならない。今度、職場近くの刷毛屋にも、勇気を出して入ってみようか。もしかしたら、すばらしいブラシに出会えるかもしれない。

18/June/2001 (in1955 Fuji Mariko was born!)

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