●聞こえている
 「4'33"(4分33秒)」というジョン・ケージの作品をご存じだろうか(非常に有名な現代音楽の作品なのだが、ご存じない方は谷口昭弘氏によるページ(LINK)をご一読されたい。更に詳しくは英文資料に当たられることをお勧めする(LINK)。聞くことのできるサイトもある(LINK))。ボクは大学時代、松平頼暁氏(LINK)による講義の中で松平氏による演奏に接したこともある。非常に愉快な音楽体験であったことを今でも覚えている。
 目を閉じて、周囲に発する音に耳を傾ける。近くに遠くに様々な音が揺れ、人の、風の、大地の動きさえ感じられる。ケージ自身もキノコ狩りに森に分け入って、そこに「4'33"」のヴァリエーションを発見して感嘆している。開かれた耳が自然界の音に到達するとき、また新たな知覚の発見があるのかもしれない。

 芸能山城組の主宰山城祥二氏は、同時に千葉工業大学の情報ネットワーク学科の教授大橋力氏(LINK)でもあるのだが、「ステレオ」誌でのSeigen ONO(小野誠彦)氏(LINK)との対談が非常に興味深かった。

 人間の耳に聞こえる音の高低範囲(可聴範囲)は、よく、20Hz〜20,000Hz(20kHz)だと言われる。現在最も一般的な音のソースであるCDも、これを基準に作られているので、20kHz以上の音を記録することはできない。事実、人によっても違うが、平均的には単音で聞ける音は20kHzまで届くことはないようだ。
 耳としては確かにそうだが、脳としてはどうか、というのが大橋氏の研究のポイントである。

 楽器の音色を決める倍音は、軽く可聴範囲を超えて存在し、20kHzまでしか鳴らすことのできないCDでは音質が損なわれ、本来の音の再現はできない、という論議がこれまで度々なされてきた。それがアナログ盤(20kHzで切り落とされることがない)の再評価や、DVDオーディオ(DVD-Audio〜最高96kHzまで記録可能)及びスーパーオーディオCD(Super Audio CD〜SACD〜100MHz以上の記録が可能)のフォーマット誕生の理由となってきたのだし、様々な試聴レポートでも優位性は確かのようだった。オーディオマニアはCDを嫌い、SACDやDVD-Audioに転向してきているというのも当然のことなのだろう。
 しかし、マニアはマニア。一般の人間にとってはどうでもいいことではないか?という疑問は当然だろう。ソフトの数は少ないし、なんといっても高価。再生できるプレーヤも安くなってきたDVDプレーヤ(CDもかかる)に比べたら高い。ラジカセやミニコンポで再生できるものなんてありゃしない。
 いいんじゃないの、CDで?

 違う。
 脳は、耳には聞こえない高周波を聞き、はじめて満たされる。
 高周波がカットされた音は、脳に救いがたい弊害をもたらす。肺の酸素不足に似た、脳の栄養不足だ。情緒が不安定になり、耐性が失われ、精神を蝕む。小さい頃からこれに曝されると、問題児を生み、問題ある若者を作り、立ち直ることのできない大人を生みかねない。

 近頃、デジタル機器の様々な弊害が指摘されているが、その中でも大きなもののひとつと言っていいだろう。テレビゲーム、ケータイ、インターネットがわかりやすい大問題だが、CDのフォーマットに潜むこの問題も、実は大きな問題なのではないだろうか。

 都会の音は、可聴範囲に集中(10kHz以下が多い)しているが、ジャワの熱帯雨林などの自然界のなかでは、高周波まで含んでいるという。都市化、近代化、グローバル化……分析手法と数値化が物事をわかりやすく、目に見える形にしてきたが、その分析手法がさらに細かくなると、逆の結論が出始める。現在よりさらに発展した分析で、さて、どんな結論が導き出されるのやら。


 最近、ボクはNew Orderの「3 16」を見るためにDVDプレーヤを買った。見られればいいや、と思い、PALディスクのNTSC再生もできるマランツのDV4200という安い機種を買ったのだが、特に音の悪さに辟易してしまった(PS2よりはマシだけど)。スグにビクターのXV-A500(これもPAL→NTSC可能)を買い、やっと少しはマトモになって落ち着いたのたが、この機種はDVDオーディオも再生可能だ。試しにマルチチャンネルのものを1枚買ってみたら、気持ちよさに填ってしまった。そうこうしているうち10年近く使っていたCDプレーヤが壊れた。DVDプレーヤでもそこそこ聞けるのでいいかな、と思っていたのだが、やはり限度がある。そうしてSACDプレーヤのカタログとにらめっこの日々が続いている(だれか援助してくれ〜)。


 「音楽なしには生きていけない」―そう言う人は多いだろう。ボクもそう言ってしまいたい欲求に駆られるひとりなのだが、最初にWalkmanを歩きながら聞いたときには戸惑った。どう考えてもあれは自然ではない。いまや一般的になった、ヘッドホンをかけて電車に乗り、歩き、自転車に乗る姿。そろそろ聞こえている周りの音に気を配ったらどうだろうか。数千円程度で買えるヘッドホンでは、残念ながらまともな音は聞こえないよ。スピーカを通さない自然の音が最良だということを、もう少しわかってほしい。「4'33"」を聞くことはその一助となる……かもしれない。


09/July/2002 (in1947 Hosono Haruomi was born!)

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