●ご飯
 ご飯の消費量が減っている。米の不作で輸入米が騒ぎになったのもそれほど昔のことではないのだが、あまり思い出す人も少なくなってしまった。朝は抜き、昼はハンバーガーで夜はラーメンといったご飯抜きの一日を送る若者も珍しくはない。非常にポピュラーでもある牛丼やカレーライスにご飯は欠かせないが、相対的に米の飯を食べたいと思う欲求は下がってきているのだろう。

 そんな中、わが家はご飯にはまっている。昔は普通だったことなので珍妙とも言うべきだが、朝と夜はほぼご飯を食べているのはもはや珍しいのかもしれない。こんな旨いものはない、という料理は当然のことながら様々あるのだが、わが家のご飯もその中に入れてしまっていいと思うほどなのだから、まあ、「はまっている」という言い回しも必ずしも珍妙とは言えないだろう。問題は「わが家の」というところで、他で食べるご飯には執着がない。その意味では「ご飯が好きだ」という言い回しは当たらない。なぜこんなことになってしまったのか、その理由が今回の御題である。

 世の中、ブランドには弱い。マーケティングとマーチャンダイジングに負かされている例も少なくはないが、ブランドを打ち立てるための努力と品質の優秀さにブランドが打ち立てられることも忘れてはならない。魚沼コシヒカリのブランドは確かに強いし、アキタコマチやヒトメボレだって頑張っている。一企業ではなく、地域の知恵を集めて打ち立てられたブランドは、それなりのものがあることは認めるべきだろう。しかし、わが家のご飯は一般に知られているブランドではない。
 「大地恵穂」と書いて「だいちけいすい」と読む。Googleで検索したって出てこないのだからたいしたものだ。それもそのはず、「大地を守る会」の備蓄米に付けられた名前なのだ(ああ、またかとお思いの貴殿、しばしお付き合いくださいませ)。
「備蓄米」とは何か? 1993年の米の不作のあと、食糧庁も備蓄米の制度を作っているが、凶作の時に備蓄しておいた米を流通させることで米不足を補うことが目的で、一定量の備蓄を先入れ先出しの形で流通させる仕組みだ。ただし、単に古い米を流通させたら味が落ちて消費者にもそっぽを向かれるので、備蓄に際しては定温管理された倉庫で新米の状態を極力保つように努力されている。むしろ食味は通常の非新米よりも上なくらいだ。大地が扱う米は、減農薬・有機栽培であり、ボクの妻のように化学物質過敏症の人間には最適で、かつ味も良いのだが、なかでもこの「大地恵穂」は特別だ。確かに安くはないが、新潟産コシヒカリほど高いわけでもない。
 どんな味かと聞かれても、ウマイとしか答えようがない。甘味、歯ごたえ、保水の状態、炊き上がりのツヤ……食べてみなくてはわからないでしょう、やっぱり。

 無洗米なるものが一般化されたのは近年のことである。米といえば研ぐものだという常識を覆したのだからたいしたものだが、なんとなく納得できない人も多いだろう。ボクもそのひとりで、事実、無洗米を食べたことがないし、食べたいとも思わない。逆に、玄米は、籾殻のみを除いた精米していない米で、栄養価が高く、消化もゆっくりなので健康にいいという話は昔からある。「マズイ」なんて声も聴くが、事実相当回数噛まなければならないので、食べにくいのは事実だ。銀シャリが御馳走なのは昔から一般的なことだが、柔らかくて食べやすいという、咀嚼の面倒がないことをあげれば、ハンバーグやオムライスなど「噛まない」食事が好きな現代のお子様たちの嗜好と合致するのだから、玄米の苦手な大人は心にとどめておくべし。
 わが家では「恵穂」を玄米で買い、家庭用の精米機で5〜7分搗きにして食すことが多い。玄米も好きなのだが、そこまで食事に時間をとれないという現実は確かにある。ただ、白米にしてしまうと、笑ってしまう味(ふっくらつやつやあまみたっぷり)になっちゃうし、消化にも悪い気がして、鮨をにぎる時にする程度だ。というわけで普段は炊くと茶色っぽく、でも時間をとられてしまうような時間噛まなくても食べられるものが通常の「ご飯」だ。正直、白米を炊いたのに出会うと、わずかながら拒絶反応が起きてしまう。

 さて、米は皆さん、どんな釜で炊いているだろうか。普通は保温機能付き電気炊飯釜だろう。20年程昔ではガスで炊いて、電子ジャーで保温することも多かったようだ。それ以前は竃に釜。京都の町屋や農村の茅葺きの民家には今でも残っているところはあろうが、そのほとんどは消えてしまった。あんなに不便なものもないのだから当然といえば当然なのだが、なんか旨そうじゃないか? 「始めチョロチョロ中パッパ……」
 最近、ガスレンジに鍋でご飯を炊くのが流行っているらしい。旨いのだろうし、「お焦げ」を食べたいという欲求もあるのだろう。無印良品でもご飯窯が売れているらしいし、料理に手をかけたいという欲望を持つ人が多いことは喜ばしい。ただ、どんな味なのかわからないし、炊くのが難しそうなのでわが家での導入は見送られていた。しかし、「大地」で出てしまった。悲しき性とも言える。そう、買ってしまったのだ。
 米を浄化した水で研ぎ、少なくとも30分、時間があれば一晩冷蔵庫で寝かせる。米と必要な浄水を窯に入れ、米の表面を平らに均す。中蓋のみをして弱火で炊き始め、約50℃になったところで更に弱火にして10分ほど定温を保つ。その後若干火を強くして、煮立つのを待ち、中蓋の蒸気抜き穴から湯気の出だすのを見届けて、重い外蓋を乗せ、強火にする。そのまま約10分(米の種類に左右されるので一概にはいえない)、湯気からほんのり焦げの香りが出てきたあたりで(お焦げを作りたくない時はその寸前で)火を止め、約10分蒸らす。蓋を取って「蟹穴」に喜びながら切り混ぜ、秋田杉のおひつに移し、食卓に運ぶ。お焦げは金属のスプーンで掻き出し、醤油をかけて腕に盛り、食卓に出すか、後で間食としてもいい。

  わが家のご飯は最高である。


13/February/2003 (in1955 Yano Akiko was born!)

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